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エッセンス

(前回からの続き)


責「宗教でいけない訳ではないのですが、既に『天理教』という宗教がありますから誤解や混同されても困ります。中山みきの教え、考えのエッセンスを取り出し、宗教色を取り払って世の中に出した方が広まり易いと思いますし、世の中の人も受け入れやすいのではないか、と考えています。」

ハ「近年では宗教というと、避けられますからねぇ(笑)」


責「宗教というのを辞典的な意味で考えると『神仏などの超自然的存在に対する信仰、教義、儀礼、組織やその活動』という事になります。まぁ、私はオカルト摩訶不思議を排除する解釈をしていますので、中山みきさんの教えに出てくる『かみ・月日・おや』という存在は超自然的存在ではありませんし、怪力乱神の世界でもありません。元々『理が神』ですから、これまでの宗教・超自然的存在という概念ではないのです。」

ハ「これまで責任役員さんのお話しを伺ってきたことで、それは何となく分かります。実際に、中山みきさん自身が、かみから月日、月日からおや、と呼び方を変えたというのは、そういう意味も含まれていたのではないかと考えられますね?」


責「はい。超自然的な存在ではなく、拝み祈祷の対象でもなく、人間銘々の心の中にある価値観、考え方、行動や選択の基準などを入れ替えて欲しい、心得違いは出直してくれという切なる願いが、中山みきさんが遺したみかぐらうたやおふでさきには溢れています。」

ハ「なるほど、その価値観や考え方を取り出すという事ですか。その内容はある程度まとまっているのでしょうか?」


責「内容と言っても、今までお話ししてきた事ですよ。元の理で月日親神が人間を拵えた時の想いである『ようきづくめ世界の実現』です。そして、身体を使った『かんろだいつとめ』でその理を心に修め、十二下りで具体的な考え方や行動の指針にする、という体系付けられた教えです。全ては『ようきづくめの世を作るためにはたらく』という事に繋がります。」

ハ「ようき暮らしのためではなく、ようきづくめのためにはたらく訳ですか。個人の利益や儲けのためではなく、仕事を通して社会や世の中に貢献する事がいずれ『ようきづくめ』に繋がる訳ですね。」


責「そのお話しだと、ちょっとニュアンスが違いますね。中山みきさんの教えは『はたらくというのは、はたはたを楽にさせることやで』ですよ。」

ハ「ですから、銘々の仕事を通して社会に貢献し、皆が社会のためにと心や力を合わせれば、働きやすい職場にもなるでしょうし、世の中も明るくなるのではないでしょうか?」


責「それは違いますね。それだと、今よりも少しはマシな世の中にはなるかもしれませんが、中山みきさんの教えからは遠いです。」

ハ「えぇ?でも、教団では外に働きに行く事すら制限されて、経済的に大変な思いをしている教会関係者が多いではありませんか。特に末端教会では信者も減ってお供えの収入も上がらず、就職したりアルバイトで生計を立てている教会長だって沢山いるでしょう?責任役員さんの父上のように、定年退職まで勤めて年金で生活しながら教会長をしている人も居るでしょうが、皆が皆そうではありませんよね?」


責「それは教団教理の歪んでいる最たるものです。そもそも、中山みきさんの言葉と教え、そして50年のひながたをじっくり考えれば、中山みきさんの言う『はたらく』ことと世間で『稼ぐ』ことの違い位は分かりそうなものなのですけど、それに『神一条』まで結び付けて、信者や末端教会を経済的奴隷のように縛り付けてますから困ったものです。」

ハ「え、はたらくことと稼ぐことの違いですか?」


(続く)



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